■年表

西暦 年号 等伯年齢 長谷川派関連事項(等伯及び息子の事項を中心に記載)
※等伯は40歳代頃まで「信春」を名乗ったといわれるが、表記は「等伯」で統一。※人物名記載のない作品・事柄については、等伯の関連事項。※掲載事項は平成15年10月現在のものである。
1539 天文8 1 長谷川等伯、能登国七尾に生まれる 実父は能登守護畠山氏の家臣・奥村文之丞宗道、のちに染物屋を営む長谷川家の養子となる。若い頃の名は信春、又四郎、帯刀など
1563 永禄6 25 この頃「日乗上人像」(羽咋市・妙成寺蔵)
1564 永禄7 26 「十二天図」(羽咋市・正覚院蔵) 「日蓮聖人像」「鬼子母神・十羅刹女図」「釈迦・多宝仏図」(高岡市・大法寺蔵、全て重文) 「八臂弁財天十五童子図」(個人蔵) 木彫「日蓮聖人坐像」(七尾市・本延寺蔵)彩色 この頃「善女龍王図」(当館蔵)
1565 永禄8 27 「日蓮聖人像」(七尾市・實相寺蔵)
1566 永禄9 28 「三十番神図」(高岡市・大法寺蔵、重文)
1568 永禄11 30 「涅槃図」(羽咋市・妙成寺蔵) 長男・長谷川久蔵生まれる
1571 元亀2 33 「鬼子母神・十羅刹女図」(富山市・妙傳寺蔵) 養父・宗清(道浄)、養母・妙相没(共に享年不詳) この頃に上洛し、本法寺塔頭教行院に滞在する
1572 元亀3 34 「日堯上人像」(京都市・本法寺蔵、重文)
1570 年代頃 元亀~ 天正初年頃   この頃「牧馬図屏風」(東京国立博物館蔵) この頃「愛宕権現図」(当館蔵) この頃「伝名和長年像」(東京国立博物館蔵、重文) この頃「武田信玄像」(高野山・成慶院蔵、重文)
1579 天正7 41 妻・妙浄没(享年不詳) この頃「花鳥図屏風」(岡山県・妙覚寺蔵、重文) この頃「陳希夷睡図」(当館蔵)
1583 天正11 45 大徳寺総見院「水墨山水、松猿、竹鶴、芦雁図」(現存せず)
1589 天正17 51 「大徳寺山門天井画・柱絵」(京都市・大徳寺蔵、重文)現存する唯一の「等白」記名作品 この頃名を等伯と改める 大徳寺三玄院「山水図襖」(現 圓徳院および楽家蔵、重文) 妙清を後妻に迎える この頃「瀟湘八景図屏風」(東京国立博物館蔵)
1590 天正18 52 御所造営に際し、対屋の障壁画制作を巡って狩野永徳一門と対立する この頃「竹林猿猴図屏風」(京都市・相國寺蔵、重文) 三男・長谷川宗也生まれる
1591 天正19 53 この頃「竹鶴図屏風」(東京都・出光美術館蔵)
1592 文禄元 54 この頃、本法寺第十世住職・日通上人著『等伯画説』(京都市・本法寺蔵、重文) 久蔵「朝比奈草摺曳図絵馬」(京都市・清水寺蔵)
1593 文禄2 55 等伯一門「祥雲寺障壁画」(現 京都市・智積院蔵、国宝) この頃「松に鴉・柳に白鷺図屏風」(東京都・出光美術館蔵) 長谷川久蔵没(享年26歳) 四男・長谷川左近生まれる
1594 文禄3 56 「春屋宗園像」(京都市・三玄院蔵) この頃「松林図屏風」(東京国立博物館蔵、国宝)
1595 文禄4 57 「利休居士像」(京都市・不審庵蔵、重文) この頃「樹下仙人図屏風」(京都市・壬生寺蔵、重文) 等伯一門、この頃「妙蓮寺障壁画」(京都市・妙蓮寺蔵、重文)
1598 慶長3 60 「妙法尼像」(京都市・本法寺蔵、重文) この頃「枯木猿猴図」(京都市・龍泉庵蔵、重文)
1599 慶長4 61 「仏涅槃図」(京都市・本法寺蔵、重文)を描き、宮中に持参したのち、本法寺に寄進する この頃本法寺本堂「天井画、襖絵」(現存せず) 妙心寺隣華院「山水図襖」(京都市・隣華院蔵、重文) この頃「波濤図」(京都市・永観堂禅林寺蔵、重文) この頃から「自雪舟五代」を自称するか 長谷川派絵師・長谷川等誉「白描涅槃図」(七尾市・成蓮寺蔵)
1601 慶長6 63 大徳寺真珠庵「商山四皓図襖」「蜆子猪頭図襖」(京都市・真珠庵蔵、重文)
1602 慶長7 64 南禅寺天授庵「商山四皓図襖」「禅機図」など(京都市・天授庵蔵、重文) 大徳寺「高桐院障壁画」(現存せず)
1603 慶長8 65 日親上人筆「本尊曼荼羅」(京都市・本法寺蔵、重文)を本法寺に寄進する 大徳寺「金龍院襖絵」(現存せず)
1604 慶長9 66 法橋となり、その礼に屏風一双などを宮中へ献上する 本法寺天井画制作中に転落、右手不自由となるか 後妻・妙清没(享年45歳)
1605 慶長10 67 法眼となるか
1606 慶長11 68 「龍虎図屏風」(アメリカ・ボストン美術館蔵) この頃「烏鷺図屏風」(千葉県・川村記念美術館蔵、重文) 長谷川派絵師・長谷川等胤、下総国香取神社(千葉県佐原市)の建築彩色を行う
1607 慶長12 69 「竹林七賢図屏風」(京都市・両足院蔵) 「烏梟図屏風」(大阪市立美術館蔵)
1608 慶長13 70 日通上人没(享年58歳) 「日通上人像」(京都市・本法寺蔵、重文) 「弁慶・昌俊図絵馬」(京都市・北野天満宮蔵、重文) 大徳寺「龍光院襖絵」(現存せず)
1609 慶長14 71 「玉甫紹●(王に宗)像」(京都市・高桐院蔵) 「十六羅漢図屏風」(京都市・智積院蔵) 等誉「涅槃図」(七尾市・本延寺蔵)
1610 慶長15 72 二男・長谷川宗宅を伴い、江戸へ下向する 長谷川等伯没(享年72歳) 宗宅、法橋となり、その礼に金子を宮中に献上する 等誉「法華経見返絵」(個人蔵)
1611 慶長16   長谷川宗宅没(享年不詳)
1613 慶長18   等伯の娘婿・長谷川等秀没(享年不詳)
1617 元和3   長谷川派絵師・長谷川等仁、明石城(兵庫県明石市)襖絵制作に参加するか
1620 元和6   等胤「瑞巖寺障壁画」(仙台市・瑞巖寺蔵)制作に参加する
1623 元和9   等伯の娘婿・長谷川等学(等岳)没(享年不詳)
1624 寛永元   左近「三番叟図絵馬」(佐渡・実相寺蔵)
1629 寛永6   長谷川派絵師・長谷川宗圜(等雪)「藤花・牧牛図屏風」(大津市・盛安寺蔵)
1630 寛永7   左近「三十六歌仙図板絵」(滋賀県・海津天神社蔵) 左近、この頃「自雪舟六代」を自称するか
1636 寛永13   長谷川等誉没(享年不詳)
1637 寛永14   長谷川宗伯信近生まれる
1657 明暦3   宗也「大黒布袋角力図板絵」(京都市・八坂神社蔵)
1662 寛文2   宗伯信近、法橋となる
1664 寛文4   宗也「虎図絵馬」(京都市・清水寺蔵)
1667 寛文7   長谷川宗也没(享年78歳)