陳希夷睡図

作品名:陳希夷睡図

員数:1幅

技法1:日本画

技法2:紙本墨画

作者:長谷川信春(等伯) (1539~1610)

印章:「長谷川」朱文長方形印、「信春」朱文鼎形印

制作年代:桃山時代

法量(cm):縦48.1 横23.1

指定:石川県指定有形文化財

 

 描かれた人物は、中国10世紀頃の5代・宋時代初期に活躍したとされる、道士陳摶(?~989)である。湖南の武当山に隠遁し道術を修め、後に太宗より陳希夷の号を賜り、張超谷に石室を掘って籠ったという逸話がある。占術の分野でも知られ、宋学の根幹となる(太極図)は陳希夷の作ともいわれ、他にも『正易心法』『指玄篇八十一章』『三峰寓言』『高陽集』など多くの著作がある。また、睡眠に関しては3年も眠り続けた奇行が伝えられ、本図でも樹下において椅子の肘掛けに寄りかかり、気持ちよさそうに眠る様子がなんともユーモラスである。
 『等伯画説』(京都市・本法寺)には、紫野(大徳寺)に雪舟の描いた、樹下や岩に寄りかかりて眠るチントン南(陳摶)の絵について記述されており、現在その消息は不明であるが、本図を描くにあたり参考とした可能性は充分考えられる。
 左下部に捺された「長谷川」朱文重廓長方印と共に捺されている「信春」印は、20歳代後半頃から使用している袋形とは異なり、狩野派の絵師が好んで用いる鼎形である。淡墨による上部の枝葉には、50歳代制作の「竹林猿猴図屏風」(京都市・相国寺)へ繋がる表現が確認されるが、人物の衣紋線に見る打ち込みの目立つ短線による筆法には、狩野派の影響が看取される。さらに、『丹青若木集』には、等伯が狩野元信の3男・松栄(1519〜92)に師事したとあり、『長谷川家系譜』(仲家本)や『七尾町旧記』には、最初元信の長男・祐雪(1514〜62)に学んだとの記述もあり、狩野派の誰に学んだかという断定は難しいが、狩野派に在籍した四十歳代前半頃の筆と推定される。
 この印が捺された作品は、本図の他に現存の「蘆葉達磨図」(岡山県立美術館)と「花鳥図屏風」(岡山県・妙覚寺)、『古畫備考』に記載が認められる「四季山水人物図屏風」、所在不明の「神農図」の五点のみであり、袋形印と等伯印を繋ぐ一時期の制作と考えられる。